6. 対面診断は100%正しい結果を出してくれるんだよね?
こんにちは、さくらです!
前回はここまでの講座の総まとめでした!
- 問題の認識方法
- 問題の本質の捉え方
- 自分と他人の問題の分離の仕方
- 解決方法の見つけ方
- 実際に行動に移すメンタルの育て方
今までこんな話をしたよね〜って振り返りだったのですが……
皆さん、気づいていらっしゃいますか?
これらは全て「今から」どうするかに焦点を当てた話だったんです!
なので、今回は少し視点を変えてみます。
今日のテーマは、
すでに起きてしまった出来事=「過去」をどう捉えるか
です!
今回もわかりやすいよう具体例を挙げながら話を進めていきますね。
さて。
パーソナルカラー診断を受けるかどうか悩む理由の一つに、
「結果が本当に正しいのか信用できない」という声があります。
実際、診断を受けた後、
- 「診断を受ける度に結果が違うんだけど!?」
- 「納得できなくてモヤモヤする……」
- 「私はこっちの方が似合うと思うのに……」
そんなご相談をいただくこともあります。
パーソナルカラーって、つまりは「似合う色」なわけですから、
- 「アナリストによって結果が変わったら意味なくない?」
- 「それって本当に似合う色って言えるの?」
と不安を感じるのも当然の話です。
しかも、パーソナルカラー診断って正直安くはありませんよね。
私自身、初めて診断を受けようとしたときは
「受けて本当に意味あるのかな…?」とだいぶ長いこと(※一年半)躊躇しました。
だって、推しに会うためのチケット代より高いので…w
診断という経験自体は形に残りません。
初めて会うアナリストを信用できるとも限らないし、結果が本当に正しいのかもわからない。
そんな不確かなものに投資をするの、やっぱり不安ですよね。
本当に、しみじみとよくわかります……。
だからこそ今日は、
私がアナリストとして過ごした経験の中で感じてきたことをお話させてください。
一人のアナリストとして、ここだけの正直な話。
私たちアナリストは一人ひとりに真剣に向き合い、誤診がないよう全力を尽くしています。
「パーソナルカラー」という理論的正解をお伝えすること。
これはもちろん、私たちの使命であり責任です。
でも、……ここだけの話。
様々な理由で、診断結果がブレることはありえます。
たとえば、皆さんのその日のコンディションの違い。
たとえば、受けた診断の流派の違い。
もしくは本当に誤診だった可能性もゼロではありません。
わざわざこんなことを公言するアナリストはほとんどいないと思います。
だって、診断を受けてもらえなくなったら困りますからね。
でも、私はこの講座では本当のことをお話ししたいんです。
それは皆さんを信頼しているからに他なりません。
なぜなら、これから私がお伝えしたいのは、
診断は「結果」よりも、
結果を「どう活かしていくか」にこそ価値がある
ということだからなんです。
もし私を信頼していただけていなかったとしたら、
アナリストである私がこんなことを言っても「責任逃れじゃん」と思われるだけですよね。
そうではなくて、
パーソナルカラーを100%以上役立ててほしいから、こうして本当のことをお伝えしています。
ここまで読んでくださっている方には、この気持ちを信じていただけるはず。
そう思って、この話をする決心をしました。
結果に納得できなかったら、診断を受けたのは「失敗」なのか?
「診断を受けたけど納得できなかった」
「誤診された気がする…」
そう感じたとき、多くの方は「失敗だった」「無駄だった」と受け止めてしまいます。
でも実は捉え方さえ変えられれば、
一見失敗に見える出来事でも「ただの失敗」では終わらせず、
「次に繋がる学び」に変えることができるんです。
仮に、もし診断結果に納得いかなかったとしても
- 「本当に似合うか一応試してみるか!」
- 「どうしてこの色が似合うって言われたんだろう?」
- 「なんで結果に納得いかないんだろう?」
- 「似合うって言われたタイプ、本当に全部しっくり来ないのかな?」
- 「私が着たいのはどんな色なんだっけ」
- 「そもそもなんで診断を受けようと思ったんだっけ?」
こんなふうに突き詰めて自分を見つめ直すきっかけにできたら
それは「正しい結果を知っただけ」の人よりも、むしろ、ずっと意味のある出来事になります。
今日は、
このように過去のどんな出来事も成長に変えていける心理学的な考え方、
「目的論」の話をしたいと思います。
そのために、「目的論」とよく対比される「原因論」も一緒に解説していきますね。
早速、原因論から順番にご説明していきます!
原因論:過去に支配される考え方
皆さん、倫理の授業でフロイトって聞いたことありませんか?
フロイト的な原因論では「過去の出来事が現在や未来を決定する」と考えます。
だから、
「あんなことがあったせいで、今こうなっている。これは運命だ」
と結論づけてしまいます。
……もっとわかりやすく言い直しますねw
何か上手くいかないことがあったとします。
そんな時、
今の私の状況は過去のせい。私が悪いわけじゃない。
原因はぜーんぶ過去!!
過去は変えられないんだから、私が今何をしたって無駄!
こんなふうに考えてしまうのが「原因論」です。
私たちって、常に何かしらの悩みを抱えていますよね。
それをどうにかしよう!と考えられず、
「こうなったのは私のせいじゃないんだから、私が頑張ったって変わらない!無駄!意味無い!」
って思ってしまうんです。シンプルにめちゃくちゃ生きづらそうですよね…w
「最初から期待しなければ傷つかない」
こういう台詞、漫画や小説、映画などでよく見かけません?
原因論の考え方って、まさにそういうことなんですよ。
どうしてこんな考え方になってしまうかっていうと、
過去に責任を押し付けることで、
納得いかない状況を「仕方ないことなんだ」って正当化しようとしているからなんです。
物語を読んでいる時は他人事なので
「くー!ウジウジしやがって…!」とか、
「いや頑張れよ!!!」とか、
「なんでだよ!できるよ!」とか、
めちゃくちゃもどかしく思ったりするんですがw
いざ自分事となると、意外と原因論的な考え方をしてしまうことは多いと思います。
少し前、「親ガチャ」という言葉が流行りましたが……
「親ガチャってめちゃくちゃキツい言葉だな…」と思っているんですが、あえて使ってみます。
私が「原因論」という概念を学んだとき、
「なるほど、親ガチャって原因論から生まれた考え方なんだなぁ」
と一番に思い浮かんだからです。
たとえばですけど、
家が貧乏だから大学に行けなかった。
勉強させてもらえなくて試験に落ちたし、まぁ仮に受かったとしても入学金が払えなかっただろうなぁ。
つまり、親ガチャ大爆死の時点で失敗は決まってたってこと!
あーあ、私って不幸だな…
だから、大学に行けなかったのは私のせいじゃない。
それに比べてあの子はいいよねー、実家が太くて!
……みたいなことですね。
私は独身ですが、子どもにもしこんなことを言われたらと想像するだけでも悲しくなります。
原因論的な考え方をしている限り、
- 「どうせ自分にはできない」
- 「親や社会のせいだ」
- 「挑戦しても無駄」
みたいな、無力感や不公平感に苛まれ続けます。
結果、新しい機会を避けて行動しなくなり、
「貧乏だから、何をしても無駄!頑張れない!人生最悪!つまんない!」
と、不満を抱えたままその場に停滞してしまいます。
言い換えると、未来を自分の手で変えることができなくなってしまうわけですね。
確かに、行動せず何も変わらなければ今以上に悪くなることは無いんですよ。
もちろん良くなることもありませんけれど。
……ちなみに。
もうピンと来ていらっしゃるかと思いますが、行動できなくなるのには理由がありました。
ここまで、すでに様々な角度から「行動できない理由」はご説明してきましたよね。
目的論:今この瞬間の解釈で未来を変える考え方
一方、目的論では「過去は現在に影響を与えるけれど、それ自体は成功や失敗の原因ではない」と考えます。
これはアドラー心理学で重視される考え方です。
他の言い方をするなら、
「過去は変えられなくても、どう解釈して未来に活かすかは選べる!」
そんな考え方です。
同じ例を目的論で見てみましょう
先ほどの「貧乏だから大学に行けなかった」例で言うと、目的論の場合はこうです。
確かに私の家は貧しかったけれど、貧乏だから大学に行けなかったわけではない。
本気で行きたければ、奨学金制度を利用することで金銭面を解決できる可能性もあった。
そのために優秀な成績で合格できるよう勉強すべきだった。
予備校や塾に通えないなら、自力でもっと効率良く勉強する方法を模索すればよかった。
結局、私はその苦労をしてまで大学に行きたいとは思っていなかったんだ。
それが結果として現れただけ。
こんなふうに捉えられます。
これって逆に言えば、
「そこまでの苦労はしたくない」って目標(!?)を達成したとも言えますよね。
「今」は自分が選んだ結果
たとえ「望んだ結果にならなかった」と感じていたとしても、
実はそれは「過去や誰かのせいで決められた今」ではなく、「自分で選んだ今」なんです。
つまり、どんな結果も主体的にやりたいことを選び取った結果だってことですね。
「過去のせい」にしてしまうと
「原因は自分じゃないんだから、自分が何をしても変わらない」ことになってしまいますが、
「自分の選択の結果こうなった」と捉えた場合は
「原因は自分にあるんだから、私の行動で結果は変わる」と考えられますよね。
どうするかを主体的に選んで未来を変えられるとしたら、
「今度本当にやりたいことができたら工夫してみよう!」
「次こそは本気でチャレンジしよう!」
という前向きさや、人生を自分でコントロールしている感覚を持てるはずです。
このように、
- 「何をしても無駄」という無力感を拭い去ってくれる
- 前向きに次の行動に移れるようになる
- 自分の行動が結果に繋がるイメージを持てる
これが目的論の良い所ですね。
※一応、念のため軽く補足しておきます。
目的論はあくまでも「自分の課題に対して、次の一手を選べる」という話です。
災害や暴力のような理不尽な被害まで、自己責任だと背負い込まないでくださいね。
大学に行けなかった過去を目的論で捉えると、結果はどう変わる?
自分がどうするかで未来が変わるわけですから、前向きな行動をするようになりますよね。
たとえば、
勉強時間が足りなかったし、やり方も間違ってた。
だから勉強法を見直して、もう一回、本当に行きたい大学に挑戦しよう!
そう決意して最終的には志望校に入学し、
一生研究したいと思えるものに出会うことができた。
とか、
大学には行けなかった。
もう一度受験するのは難しいからその分早く働き始めよう!
そうやって社会に出てみたら、学歴にこだわらなくても案外やれることは多く、
ちゃんと自立して生きていけることに気づけた。
とか、
受験勉強は嫌々やってたから、今度は本当にやりたいことをしてみよう。
そうだ!いったんしばらくの間旅行でもしてみよう!
そんな思いつきの旅での出会いが一生モノになった。
みたいな。
こんな感じで、失敗だと思っていたはずの過去が、より面白い結果をもたらしたりするわけですね。
これって「私なんて何をしても無駄」って諦めている人より、
どう考えても楽しそうな人生を送れていると思いませんか?
だとしたら、失敗って全然無意味なんかじゃないはずです。
だって、今楽しいんですから!
何ならそれは「失敗」ですらなく、今のあなたを形作った大事な出来事とも言えます。
つまり、一見失敗だと思えるような出来事でも、全て捉え方次第で今に活かしていけるんです!
……と。
目的論の説明をさせていただいたわけですが、いやこれ、皆さんどう思います?
正直、かなり衝撃的な考え方じゃないですか?w
お恥ずかしながら、私の失敗談をお話しします……
実は私は、受験や就活など、人生の節目的な部分でことごとく失敗してきた人間です。
だから初めて目的論を学んだときは
「え……?私、志望校に行けなくてもいいから勉強したくなかったってこと……?」
と、かなり衝撃を受けました。そんなことある……?ってw
でも言われてみれば確かに
「みんな大学に行くから私も進学しなきゃ…」
と思っていただけで、本当に主体性はゼロでした。
私は中学生までは結構要領がよく、先生ウケ(=内申点)もよかったんですよ。
だから、運良く(運悪く?)実力以上の進学校にぬるっと入学できてしまったんです。
そしたら周りは、
「もちろん東大が第一志望です!」とか
「医学部目指してます!」とか
「第一志望(東大)に落ちたのでとりあえず早稲田に入学して仮面浪人します!」
みたいな人ばかりの環境だったんですよねw
だから何も考えず、「私もせめて早慶に行かなきゃ……」って思い込んでいましたw
そうやっていつも何となく周りに流されていただけで、
自分の頭で「本当にやりたいこと」を考えてはこなかったんです。
でもね、そんなんじゃ当然、志望理由なんて無いわけですw
心から行きたいと思っていないから、
テストで赤点を取っても諦めていたし、
自習室に行っても勉強せず突っ伏して眠りこけていたし、
誘惑に負けて明け方まで二次創作を漁っていたし、
とにかく勉強に対して全くやる気が出ませんでした。
……私、もしかして、志望校に行きたい < 二次創作を読みたい、だったの……?
親にも散々迷惑をかけたので、これを認めるのはめちゃくちゃショックなのですが(泣)
う、うそ……?そ、そうかも……?
主体性って本当に大事ですね。骨身にしみまくりです……。
でもね、こういう経験全てが今の私に繋がっているんです。
私の失敗談を聞いてくださった皆さんが私を身近に感じてくださったり、共感してくださったり、
「さくらさんにできるなら私もできそう」と思ってくださったら、
それは私にとって「人生の汚点」ではなく、めちゃくちゃ「価値のある経験」になります。
私の失敗、どうか成仏させてください……w
結局、診断に納得できなかったらどう考える?
原因論の場合は、
診断受けたけど、誤診じゃん!?最悪!
だから私はおしゃれになれないし、結局自分で服を選べるようにもなってない。
アナリストのせいで時間もお金も無駄になっちゃった!
って捉え方になります。
こうやって切り捨てるだけでは、本当に何の意味も無い出来事で終わってしまいますよね。
でも、出来事に意味を持たせるのはいつだって自分自身です!
というわけで、目的論で捉え直してみましょう。
目的論の場合
診断を受けたけど、結果に納得いかなかった。
どうして納得できないのか考えてみよう。
もし誤診なんだとしたら違うアナリストに相談してみようかな?
もしくは、パーソナルカラーを学んだら自分で判断できるかもしれない。
自分の体調とか、日焼け、髪色に左右されるって話も聞いたことあるなぁ。
正しい結果なら、どうしてピンと来ないんだろう。
苦手な色が多いから?
他のタイプの色の方が好きだから?
もしかしたらアナリストの言い方が気に食わなかったのかもw
でも診断された色全部が嫌いってわけではない。
いったんまずは結果を信じて、
似合うって言われた色の服を着たり、メイクを試したりしてから考えようかな。
意外と気に入ったって思えるかもしれないもんね。
っていうか、そもそもなんで診断を受けたんだっけ?
本質的な目的は「自信を持ちたいから」じゃなかった?
それなら、パーソナルカラーだとしても自信を持てない色だったら選ぶ意味が無いな。
パーソナルカラーじゃなくても自信を持って着られる服があるかも。
その線も改めて考えてみよう。
いかがでしょうか?
これなら次の行動に繋がる考え方になっていますよね!
ところで、「そもそもなんで診断を受けたの?」って話、聞き覚えがありませんか?
講座の初回になりますが、
こちらでいくつか具体例を挙げ、
どんな問題を解決するために診断を受けたのかを考えましたよね。
「診断結果は100%正しいんだよね!?」って話、そのとき例に挙げた
「パーソナルカラーの服を着るだけでおしゃれになれるんでしょ!?」
に、ちょっと似ていると思いません?
失敗して時間やお金が無駄になるのが嫌だし、正解がわからないから不安。
つまり「自信が持てない」現状を解決したいわけですよね。
すでにご説明済み、ということで、今回は問題の抽象化については省略させていただきました。
最初より今の方が新しい知識も増え、理解が深まっているかと思います。
なので、もしお時間があれば以前の講座も読み返してみてくださいね。
何か新たな気づきがあるかもしれません。
それでは、今回の話はここまでです。
今日も読んでくださってありがとうございました!
目的論の考え方、かなり衝撃的じゃありませんでしたか?
スッと受け入れられました?
過去の出来事に向き合おうとしたとき、
- 「しんどすぎ……苦しい……」
- 「つら〜い……悲しい……」
- 「今でも腹立つし、ほんとむしゃくしゃする〜!」
- 「思い出すだけで恥ずかしいよぉ……」
みたいにジタバタしたくなるようなこともたくさんあると思いますw
だけどそれをどう解釈するかで、
未来のあなたにとっての意味はまるで違ったものになるはずです。
過去に縛られるのではなく、今の自分がどう活かすか。
この視点を持つだけで、過去は「壁」ではなく、「成長の階段」に変わっていきますよ。
それでは、今日もお疲れ様でした!
今回もご感想・ご質問などお待ちしております!

