40.「勘」を大事にしてもいい


「勘」を大事にしてもいい

こんにちは!さくらです。

今日は、読者さんからいただいたこの質問をじっくり深掘りしていきます。

「パーソナルカラーに関して、勘はアテになりますか?」

これ、面白いですよね。
めちゃくちゃ良い質問だなぁと思います。

なぜかというと、ここにはパーソナルカラーの話だけじゃなくて、
自己信頼の話がまるっと入っているからです。

先に結論からお伝えします。
勘は信じていいです。しかも、かなり。

ただし、その他の判断基準も持っておく。
ここまでがセットになります。


パーソナルカラーの文脈で言うと……

パーソナルカラーの文脈で説明するなら、
「勘で仮説を立てる」→「診断で検証する」→「納得できたら採用する」
アナリストとしては、この順番がおすすめです。

なぜなら、何も考えずにただ正解を教えてもらおうと思って診断を受けるより、
仮説だけでも持っていた方が、学べることが圧倒的に多いから。


たとえば、
「何タイプか教えてもらおう!」だと
「Summerだった!完!」で終わってしまいますよね。

でも、
「Springだと思っていたのにSummerだった」場合、
「自分ではこういう色の服が似合うと思っていたんですけど、どうしてSpringなんですか?」って質問できたり、

「思った通りAutumnだった」場合も、
「似合ってる色は選べてたけどあまりファッションに自信が持ててなかったな。ということは色の問題ではない……?」と検討できたり、

どんな結果であれ、結果より一歩先まで進んでいけるんですよね。


では、そもそも「勘」って何なの?って話です。
ここを一回、言語化しておきましょう。


「勘」は根拠のないひらめきとは違う

……と言いつつ、皆さんも根拠がないひらめきのようなものって感じたことありませんか?

ここでは私の過去の失敗はじゃんじゃん開示していきますが、
たとえば「勉強していないのに運よく試験には受かる気がする」というのは根拠なしですね。
勉強しなかったら普通に落ちますw

これは勘じゃなくてただの「願望」です。


今回扱うのは、「願望」ではなく「勘」なんです。
「勘」は根拠がないひらめきとは逆で、経験則による根拠が多すぎて言語化できていない状態を指します。
つまり、抽象度高くその現象を理解しているってことなんですよ。

刑事ドラマなんかで「刑事の勘だ」ってあるじゃないですか。
あれは適当なことを言ってるわけじゃなくて、過去の膨大なパターン照合ですよね。

「この間の取り方は嘘をつく人に多かった」
「この反応は追い詰められた人に似ている」

そんな細かい観察が、頭の中で一瞬で再生されています。


もちろん色にも経験則が働きます

これは、色でもまったく同じこと。

私たちはこれまで、ものすごい回数「色を見て」「自分の顔を見て」「周りの反応を受け取って」生きてきましたよね。

服、メイク、髪色、写真写り。
その経験が全部、無意識の中ではデータ化されています。

だからこそ
「この色、なんか落ち着く」
「似合う気がする」
には、ちゃんと理由があります。
言語化できないだけで、身体や心が覚えているんです。


パーソナルカラーに関して、勘が働く仕組み

勘はざっくり、次の3層で動きます。

1つ目は、観察の蓄積。
どの色が似合って見えたか。逆にどの色が似合わないと思ったか。
毎回の微差が保存されます。

2つ目は、感情のタグ付け。
「この服の日、褒められてうれしかった」
「この色の日、なんか自信が出なかった」。
色の記憶には、視覚的な事実だけではなく感情も一緒にくっつきます。

そして最後の3つ目が、反射的な照合。
次に色を選ぶとき、脳が過去データを一瞬で引っ張り出して「こっちが良さそう」を弾き出します。
これが「勘が働く」の正体です。

つまり勘は、気分のムラだけでできているわけじゃなくて、
あなたのこれまでの経験の圧縮ファイルなんですよね。


ただし、勘は他人にとっては再現性が低いもの

自分だけが感覚で掴めていればOKということなら問題はないんです。
でも、他人にも伝えるという段になると、勘の再現性が下がってきます。

たとえば、あなたが勘を頼りに自分らしく似合うと思った格好をしたとします。
でも、それは客観的に見ると「あなたらしさ」が伝わってこない格好だということはありえます。

人に伝えるためには、伝わる形に記号化=言語化する必要がありますよね。
でもそれを言葉にできていないわけですから、当然人に伝えるのはより困難だというわけです。


刑事ドラマの話に戻りますけど、
「これは俺の勘だが、あいつは臭うぞ」の後に
「話している最中、一度も目を逸らさなかったろ。逆に不自然だ」などと理由が続けば
なるほどと思いますし、「ほな念の為見張っておくか……」ということになります。

でも「あいつは臭う。理由はわからん。何となくだ」と言われると、
「はぁ……?じゃあ自分で勝手に見張っとけば?」ってなっちゃいますよねw


それに、勘はあくまでも勘なんですよね。
確かに経験上、一度も目を逸らさずに会話をし続ける人間は怪しいかもしれません。
でも、本当にただそういう癖の普通の人の可能性だってあるわけじゃないですか。

経験に基づく勘は頼りにすべきものですが、絶対の根拠と思い込むのは危険です。
だから、勘を入口にしたら必ず検証することが大事になってくるわけです。


勘が外れても、自分を疑わなくていい

最後に、もう一つ大事な話をさせてください。

「似合うと思っていた色がパーソナルカラーではなかった」と知ったら、多くの人は結構ショックを受けると思います。
この痛みは色の正誤そのものというより、
「これまでの私は間違っていたのかも」という自己信頼の揺れから来ることが多いんです。

でも、診断結果は断罪じゃありません。
「だからその色は着るな」ではなく、選択肢を増やすための追加情報だって考えてください。


私は、パーソナルカラー診断の価値って「正解を教えてもらうこと」より
「見比べることで、自分の反応を観察できること」だと思っています。

鏡の前で、色ごとに表情が変わる。
その変化を見て、「私ってこうなるんだ」を知る。

この体験があると、買い物もメイクも楽しくなってくるんですよね。


最終判断はシンプルに!

感覚でも、理論でも構いません。
ただ一つ、

その選択は、私の自信を保てるか?

これでいきましょう!

いくら理論が100点だって、気分が死ぬなら続かない。
感覚100点でも、毎回「本当に大丈夫かな」で消耗するならしんどいです。
だから、感覚と理論は対立させず、両方を使って、納得できる選択に着地させましょう。

「感覚」を切り捨てない。
「理論」も敵にしない。

この2つを並べて置けると色選びは安定してきます。

勘は、今までのあなたの観察と経験が作ったちゃんとした知性です。
でも同時に、ほんの少しだけ検証してみてください。
勘に検証が乗ると、感覚は再現性に変わります。

ここまで来ると、もう迷子にはなりません。
色は「正解探し」じゃなくて、「自分を取り戻す道具」になっていきます。


ということで、今回は勘を信じる話ではなく、勘を育てるお話でした。